『 踊って頂けますか? ― (3) ― 』
ヒタヒタ ヒタ −−−
自分自身のバレエ・シューズの音が なんとなく気になる。
「 ん〜〜〜 ナーバスになってるわよ フランソワーズ?
さあ。 しっかりリハしなくちゃ ・・・ 」
フランソワーズは 自分自身に声をかけ励ます。
いよいよ今日からリハーサル開始だ。
まずはそれぞれが自習して 一応のカタチにしておく。
練習を重ねてから 主宰者で芸術監督でもあるマダムの指導を受ける。
今日は その初日なのだ。
「 ちょっと早いけど ― しっかりストレッチしておきたいし
とにかく やるっきゃない ・・・・ ! 」
フランソワーズは 勢いよくスタジオのドアを開けたら ―
「 ん? あら ライトも空調付けっ放し・・・?
え。 あ あら 」
彼女は そのまま立ち止まった。
え。 Cスタジオ でいいんだわよねえ?
「 あ あの ・・・? 」
入口でもぞもぞしていたら < 爽やか〜〜 > な声が響いてきた。
「 ああ フランソワーズ。 ちょっと先に来させてもらったよ。
ふふふ しっかり準備しておかないと ね 」
鏡の前で タクヤがストレッチをしていたのである。
「 ・・・ は ・・・? え ・・・ あのう・・・? 」
「 ― よし・・っと。 ああ 君 ストレッチするだろう?
ちょいとその間に 足慣らし しててもいいかな 」
「 ? 足慣らし・・・って なに 踊るの? 」
「 あ〜 今回ソロがないから 三幕のヴァリエーションかな
ああ 君の準備が整ったら 教えてくれ。
― 失礼して身体解し さえてもらうよ 」
「 ・・・ は ああ ・・・ 」
〜〜〜〜♪♪ 勇壮な音楽が流れだした。
「 よっしゃあ〜〜 っと ! 」
ぱぱぱ〜ん !!! 歯切れのよいステップが飛び出した。
青年の身体は楽々と宙に浮き ぶんぶんと回る。
フランソワーズは 隅でストレッチしつつ 目はずっと彼を追ってしまう。
あらあ ・・・ 楽しそうねえ ・・・
・・・ ホントは一人で飛び跳ねたいんだろうなあ
ホントは 黒鳥 とか ドンキ
やりたいんだろうなあ ・・・
わたしだって ・・・
今回 最後かな〜と思ってたから
タンバリン・エスメ とか
やってみたかったんだけど ・・・
また 溜息をこっそりと呑みこんだ。
「 〜〜〜ん と。 ・・・ふふ〜〜ん まあまあかなあ〜
あ フラン〜〜 準備 いい? 」
タクヤは 汗をさ・・っと拭いている。
「 あ ええ ・・・ お待たせしました。 」
「 いやいや ・・・ あ 音、もうセットしてあるから 」
「 あら ありがとう。 」
へえ?? どうしたの・・・
やたら気を回し手いるけど ?
それに ずいぶん 機嫌がいいわね ??
なんとな〜〜く一抹の疑心暗鬼を感じつつ フランソワーズも
少しウキウキしてきた。
初めての踊りを合わせるのは 不安もあるけれどわくわくすることでもあるのだ。
「 では ― 軽く流してみようか 」
「 ええ ・・・ お願いします 」
「 おねがいします 」
二人は 軽く礼をしあってから センターに出た。
「 音 出すよ〜〜 」
「 はい ・・・ コールドのとこも流しててね? 」
「 おっけ〜 ・・・っと ここは 憂愁の王子サマ〜〜 っと 」
「 ふふふ ・・・ まあ あなたは! って オデット姫〜 」
「 おお〜〜 お美しい姫君〜〜 貴女は ・・・ 」
「 わたくしは 白鳥達の女王なのですから〜〜〜 」
「 ・・・ フラン〜 ノリ過ぎ ・・・ 」
「 ふふふ〜 では 」
「 おう 」
過剰演技でじゃれていたが 二人はす・・・っと
≪ グラン・アダージオ ≫ の最初のポーズを 取った。
***** いらぬ注
普通は グラン・アダージョ と言われています。
分かり難いかな と思い 拙作中は グラン・アダージオ で行きます。
♪ ♪♪ 〜〜〜〜〜
荘厳な音楽とともに 王子は床に伏しているオデット姫を
ゆっくりと 起こし 踊りに誘う。
バイオリンのソロが 情緒たっぷりに流れる ・・・
「 ・・・・ あ〜〜〜 そんなに引っ張らないで〜〜 」
「 え 引いてないぜ 支えてるだけ 」
「 ここのパンシェはわたし一人でもできるから 〜〜
ちょっと手を添えててくれれば 」
「 けど こう〜〜〜 位置を直せばもっと脚 あがるだろ 」
「 わたし 少しずらせた方が ( 脚が ) 上がるの!
ねえ こうやって〜〜〜 ちょっと手を添えてて 」
「 ここは〜〜〜 王子がリードだろ? 」
「 あらあ〜 このピルエットはちゃんと回れるから!
後ろで見ててくれてもいいくらいよ ? 」
「 そ〜れは ちがわね? 」
「 なにが。 ねえ もう一回やり直しましょ? 」
「 ・・・ ああ。 アタマっからゆくか 」
「 そうね 」
「 ん ・・・ おし この辺かな 」
「 ええ そこからでいいわ 」
「 おう。 なあ ここはず〜〜っと俺によっかかって さ 」
「 ― はい? 」
「 王子サマがリードするからさ〜〜 姫は こう・・・
バランス〜 取っててくれれば 」
「 ・・・ 本気でそう思ってる? 」
「 あ? ああ 本気さ。 」
「 そ う 」
フランソワーズの頬が す・・・っと引き締まった。
これは ジョーが見てたらすぐわかっただろう。
! やっべ〜〜〜〜 怒らせた ・・・
危険だよ すぐに 撤退だ!
009のアラームはファンファン鳴っているだろうけど
― 残念ながら 生身の? タクヤは気付いていない。
「 わかったわ。 ― お互い 意見 もあるけど。
とにかく一回 最後まで通してみましょ? 」
「 いいけど ― 」
「 意見交換 は それからよ。
ああ とにかく落っこどさないで下されば それで 」
「 了解。 」
タクヤも 表情を引きしめた。
〜〜〜〜 ♪♪ ♪
優雅でロマンチックの極み・・・ みたいな音楽とともに
王子と白鳥姫は踊り始めた が。
・・・ シロウトさんが見ても
それは格闘技みたいだった ・・・
〜〜〜〜〜 ♪♪ ・・・・
音楽はゆったりとした調べをヴァイオリンがソロで嫋々と奏でている。
だって ここは一目で恋に落ちた王子サマが そのお相手を腕に抱き
も〜〜〜〜 さいこ〜〜〜〜 って気分で
ボクがこのヒトを護るんだ! ボクがキミをその呪いから解き放つよ!
― と 盛り上がりまくり・・・
お姫サマも 突然現れた救済者・候補 に びっくりしつつも
・・・ え。 そうなの? ほんとう??
あら よく見ればイイオトコねぇ・・・
ええ いいわ。 助けてくれるなら
貴方の 永遠の愛 受け取っても〜
― 多少打算的な趣もある 幸福感に浸っている ・・・
そんなシーンの グラン・アダージオ なのですが。
〜〜〜 ♪♪ ・・・・ 音楽はゆっくりと消えていった。
「 ・・・ ふ う ・・・ 」
「 ・・・ 」
お姫サマは 王子サマの腕からぱっと 身を離した。
「 は あ〜〜〜 」
「 ・・・あ あのう 俺 間違えた? 」
王子サマ いえ タクヤは ちょいと身を引いている。
「 え? いいえ。 ちゃんと指定の振り通り 」
「 そうだよな 」
「 あ うん ・・・ 言ってもいいかしら? 」
「 ? どうぞ 」
「 わたし すご〜〜〜〜〜く 窮屈だったわ 」
「 きゅうくつ?? 」
「 そ。 あとちょっと アラベスク〜〜 で脚伸ばしたいな〜 とか
あとちょっと跳びたいな〜〜〜 とか あとちょっと回ってから停めたいな〜
とか ずっと思ってた 」
「 え。 だって俺 ちゃんと音通り 踊ったぜ 」
「 それは そう。 でもね あと半拍 こう〜〜 アームスを
伸ばしたいの ! 」
「 音に遅れるのは〜〜〜 」
「 遅れるのじゃないわ。 余韻よ 余韻。 」
「 よいん? なんだ それ 」
「 ・・・ だから〜〜〜 こう〜〜〜 音の後に広がる雰囲気よ。
『 白鳥〜 』 なのよ? 音通りぱきぱき踊っても
ウツクシクない と思うの 」
「 雰囲気じゃ 踊れないぜ? あ〜〜〜
俺も言ってもいいかな 」
「 どうぞ。 」
「 もっとさ〜〜 こう・・・ 王子に頼れよ?
俺 サポートしてる意味ないみたいだぜ?
ピルエットだってさ〜〜 」
「 あら。 わたし 一人でちゃんと回れるわ。
それにね ジャンプだってもっと跳べるの。
わたしの高さに合わせて 手を添えてくれていればいいわ 」
「 ― そんじゃ パ・ド・ドウの意味 ね〜じゃん
だからさ 王子サマのリードに合わせてさあ 」
「 そうね パ・ド・ドウよね。
だから オデット姫の踊りたいように踊らせてよ 」
「 でも。 フラン〜〜 『 ジゼル 』 の時とか
もっとこう〜〜〜 リフトとか俺に頼ってたじゃん? 」
「 『 ジゼル 』のリフトとは違うでしょ
・・・ ああ もう〜〜 言い合いはやめましょう。 」
「 あ ああ ・・・ そうだな
実際 そんなコトしてるヒマ ないしな 」
「 とにかく。 パ・ド・ドウに関して 意見が合わないってことよね?
どちらの方針でゆくか を決めるのはマダムよ。 」
「 ― そう だけど 」
「 じゃ それまでは 自分自身のテクニックをよ〜く確認して
おきましょ。 一言だけいわせて。 大きく踊らせてほしいわ。 」
「 了解。 王子にリードさせてほしい。 」
「 検討しておきます。 ― 改めて よろしくお願いします 」
「 ん。 こっちこそ 」
きゅ。 二人はか〜〜なり固い雰囲気で握手をした。
なんでだよ〜〜〜〜〜〜
もっと 甘ぁ〜いムード、期待してたのにぃ〜〜〜
・・・ なんでなの??
タクヤとなら 何回か組んできたのに ・・・
タクヤもフランソワーズも 心の中でそっぽを向いているのに
気が付いていない・・・のかもしれない。
「 ただいま ・・・ 」
フランソワーズは なんだかヤケに重い買い物バッグを 玄関に置いた。
「 は あ ・・・ ああ 疲れた ・・・ ちょっと休みたいけど・・・
だめ。 晩ご飯 つくらなくちゃ。 」
よいしょ・・・っと声をかけつつ 買い物バッグを持ち上げた。
「 あ ・・・ 洗濯モノ、取り込まなくちゃ ・・・
う〜〜ん めんどくさ・・・ 」
「 おか〜〜さ〜〜〜ん お帰り〜〜〜 」
「 おか〜さ〜〜〜ん 」
どたどたどたどた ・・・ チビ達がリビングから走ってきた。
「 ただいま ほら 走らないで・・・
ねえ あなた達 洗濯モノを 」
「 おか〜さん! きいてきいて〜〜〜 あのね すばるってばね 」
「 おか〜さん! すぴかがね〜〜 」
「 アタシがさき! ねえ おか〜さん オヤツのねえ 」
「 僕も〜〜〜 おか〜さん オヤツのね オヤツのね 」
「 アタシがいうのっ 」
「 僕もいう〜〜 」
「 はいはい わかりました。 順番に聞きます。
でも 今は忙しいの、お母さん。 晩ご飯の準備しなくちゃ。
ねえ 二人でお洗濯モノを取り込んできてちょうだい。 」
「 ・・・ え〜〜〜 今ぁ? 」
「 僕〜〜 じゃがいも むきたい〜〜 」
「 今 です。 じゃがいもは今晩使いません。
そして取り込んだ洗濯モノはちゃんと畳んで ・・・
皆に分けてください。 いいですか 」
「 ・・・ ふぇ〜〜〜い ・・・」
「 僕ぅ ほうれん草 ゆでたいな〜〜〜 」
「 ほうれん草は買ってありません。
ほら お願い。 そして 洗濯モノを配ったらお皿を並べてちょうだい。
― いいですか すぴかさん すばるくん 」
「「 ・・・ は あ〜〜い 」」
チビ達は ちょびっとほっぺを膨らませ のろくさのろくさ
裏庭に出ていった。
「 ふう〜〜〜 もう ・・・ あ 急がなくちゃ・・・
あ あらあ〜〜〜 」
リビングは相変らずごたごた ・・・ 目を瞑ってキッチンに抜ければ
テーブルには 食べかけのオーツビスケットがころがり
ハチミツの瓶と マヨネーズが フタあけっぱ でならんでいた。
「 ・・・ ふう〜〜〜 」
言いたいコト、 お説教は 富士山より高く積み上がっているが
今 そのヒマはない。
母は 黙ってハチミツの瓶に蓋をしマヨネーズの蓋をさがし・・・
冷蔵庫に放り込んだ。
「 ・・・ オヤツは ちゃんと食べましたってことね 」
ふうう・・・ 溜息ひとつでいろいろ・・・封じ込めた。
「 さ。 ごはんの支度!!! 」
とりあえず 自分の洗濯モノは洗濯機に放りこみ、エプロンのヒモを
きゅ・・っと結んだ。
「 今晩は すぶた です! 用意〜〜〜 始め! 」
どたどた ばたばた ・・・ チビ達が戻ってきた。
「 おか〜さん おか〜さん あのね ちゃんとね 」
「 おか〜さ〜〜〜ん 僕のくつした かたっぽだけ・・・ 」
相変らずチビ達は賑やかに喋りまくりつつ母に纏わりつく。
「 あ〜 そうなの? すぴかさん お茶碗 並べてちょうだい。
あと・・・深いスープ皿もね。 」
「 うん。 あのね それでね おと〜さんのシャツがね〜 」
「 そう? あとねえ お箸 忘れないで。 はい 開始〜 」
「 う ん ・・・ 」
すぴかはちょいと膨れっ面で 食卓に食器を並べ始めた。
「 おか〜さ〜〜〜ん ねえねえ 僕のくつったぁ〜〜 」
「 あ〜 そう? すばる君、ニンジンとピーマン、シイタケを
切ってちょうだい。 あ 生姜の皮も剥いてね 」
「 え ・・・ あ〜 」
「 まあ〜〜 ありがとう〜〜〜 あ ニンニクも剥けるかな? 」
「 え うん ・・・ 」
「 まあ すごい♪ お願いね〜〜 はい 開始。 」
「 う ん ・・・ 」
すばるはお口をむにゅむにゅ〜しつつ マイ包丁を取りだした。
「 さあ。 美味しいご飯ができますよ〜〜
すぴかさん すばるくん ありがとう♪
あら 炊飯器が鳴ってるわあ〜 え お味噌汁?
う〜〜ん・・・ 今晩はねえ 熱々の酢豚だから
冷たい麦茶。 あれ のみましょうね〜〜 」
「 あ ・・・ うん・・・ 」
「 ・・・ おみそしる ないのぉ・・・ 」
「 はいはい ゴハンですよ〜〜〜 さあさ 熱々すぶたを
頂きましょうね 」
「 う ん ・・・ 」
「 ・・・ う ん 」
お母さんに 押されてチビ達は食卓に着いた。
「 ほうら・・・ 美味しそうよ? 」
「「 う ん ・・・ 」」
「 手は洗ったわね? お手伝い ありがとう、二人とも。
さ 御飯にしましょ。 はい 一緒に 〜〜 」
「「 ・・・ イタダキマス 」」
三人で 熱々の酢豚で晩御飯 ― お母さんの笑顔がやけに目立っていた。
すばるの奮闘もあり とても美味しい酢豚だったけれど
チビ達は なんとな〜〜く曇り気分で黙々と食べていた。
・・・ あ れぇ ・・・
なんか 元気ないわねえ・・・
酢豚 気に入らないのかしら
美味しいのに〜〜〜
な〜に膨れっ面してるのよぉ
もう いいわ、知らない。
晩御飯を 楽しみたいのよ わたし。
フランソワーズはせいぜい明るく振舞い 食卓を賑わした。
そして − 子供達には 時間通りにベッドへ入らせた。
― さて その数時間後・・・
「 ― ・・・ あ〜〜 美味かった ・・・ !
熱々のって最高のご馳走だね 」
ジョーは満足の吐息と共に 箸をおいた。
「 まあ キレイに食べてくださったのねえ
うれしいわ 」
ジョー いつも通り遅く帰宅、遅い晩御飯を終えたところだ。
「 いい味だ ・・・ぼくの好きな味だよ 〜 」
「 そう? ふふふ ウチの味です。
あ このニンジンやピーマンは すばるが切ったのよ 」
「 お〜〜 アイツ ますます包丁捌きが冴えてるなあ 」
「 お皿はね すぴかが選んで 後片付けも担当したの 」
「 そっか〜〜 ああ 一緒に食べたいなあ
そっかあ すぴか がねえ 花形ニンジンはすばるの作品かあ・・・ 」
ジョーは芯から残念そうだ。 でも 笑顔なのだ・・・
嬉しくて仕方がない・・・という笑顔だ。
ジョー ・・・
あなた どんなに疲れていても チビ達のことで
明るくなれるのね ・・・
わたし ・・・
纏わりついてくるあのコ達のこと
・・・ 鬱陶しいって思ってたわ、今日・・・
ひどい母親 だわ・・・
「 ・・・ ジョー。 」
「 ん? どうした? そんな目 してさ 」
「 別に ・・ なにも ない ・・・けど 」
「 ふうん? あ ワインでもどう?
あ〜 この時間なら ちょこっとブランディ にしようか 」
「 ・・・ ジョー 」
「 ちょっと待ってて。 リラックスしようよ
さあ リビングで ぼ〜〜〜っと待っててくれ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 え〜と・・・? ああ このチョコ もらおう・・・ ツマミにぴったり。
はい お待たせしました♪ ぼくのオクサン 」
ちりん。 ジョーは 案外上手にブランディ・グラスを運んできた。
「 ・・・と〜〜 はい どうぞ。 」
「 あ ありがと・・・ 」
「 では♪ 」
てぃん ・・・ 透明なグラスを二人で合わせる。
「 ああ この香っていいね〜〜 」
「 ええ ・・・久しぶりね・・・ 」
「 ね 疲れてる? 」
「 ん〜〜 疲れてるっていうか ・・・自信喪失かなあ わたし 」
「 自信? なんの? 」
「 いろいろ。 仕事もお母さん業も 」
「 ??? なんで・・・? 」
「 あの ねえ ・・・ 聞いてくれる? 」
フランソワーズは とつとつと話し始めた。
「 ・・・ ごめんなさい しゃべりまくって・・・ 」
「 いいよ べつに。 そんな時って ぼくにもあるし。
ごめん ぼくは 聞くことしかできないけど ・・・ 」
「 ううん ううん ・・・
ジョーに言えて 聞いてもらって なんか少し ほっとしたわ 」
チリン ・・・ ブランディ・グラスが揺れている。
「 フラン。 きみは すぴかやすばるのさっいこうのお母さんで
ぼくの さ・・・・いこうのオクサンだよ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 自信喪失 なんて必要ない。 」
「 ・・・ え 」
「 仕事のことだけど。 ぼくは 門外漢だけど さ。
きみの < 仕事 > なんだろ? アイツの、あ〜 タクヤ君と組んで
やり遂げる ・・・さ? 」
「 え ええ そうね 確かに仕事だわ 」
「 それなら なんとしても二人で協力して仕上げるないと な。
だって そうすることがきみ達の職業なんだろ 」
「 ・・・ あ ・・・う うん ・・・ 」
「 それなら ― なんとしてもやる。 それがプロってもんだ 」
「 あ ・・・ 」
「 まあ ぼく個人的にはさ〜〜 いろいろ・・・あるけど?
でも。 やるべきことは 徹底的にやる。 」
「 そ うだわね わたし 職業舞踊手 よね。
ジョー ・・・ ジョーってば 最高よ!! 」
「 え・・・ あはは〜〜 ぼくのフランソワーズ〜〜〜〜♪ 」
きゅ。 ジョーの大きな手が 彼女の身体を抱き寄せた。
わたし。 ― やる わ!
― さて 翌日 ・・・
「「 お願いします 」」
フランソワーズとタクヤは 鏡の前に陣取るマダムに一礼した。
「 はい どうぞ 」
二人の自習期間を経て 芸術監督のマダムのリハーサルが始まった。
二人はセンターに歩み出て フランソワーズは腰を落とし
白鳥のポーズを取る。
〜〜〜 ♪♪♪ ゆっくりとお馴染みの音楽が流れだす。
王子は ゆっくりとオデット姫の手を取って ―
「 ・・・ ふうん? 」
マダムは少し身を乗り出した。
「 ・・・ あ〜〜 ・・・・ 」
フランソワーズは 勢いよくピルエットを始めたが タクヤの立ち位置が
すこしズレていて ・・・ 彼女は彼のサポートから外れ
一人で回り続けた ・・・
「 ・・・ う〜ん ・・・? 」
高い音で 王子は姫を高々とリフト、姫は空中でグラン・ジュッテみたいに
脚を運ぶが ・・・
えいっ やっ!
王子のそんな声が聞こえそうなのだ。
「 あ ・・・ ちょっと 音 とめて 」
「 はい。 」
とうとう NGが飛んだ。
ふうう・・・・ はあ ・・・
踊り手たちは 突然動きを止めたので息が荒い。
「 あ〜 あのねえ タクヤ。 重量挙げ じゃないのよ。
えいや〜〜って 持ち上げろ! じゃあないの。
それから フランソワーズ。
あなたがちゃんと回れるのは わかってます。
でもね ここは一人でピルエットを何回 回れるか、じゃないの。 」
「 ・・・ はあ 」
「 ・・・・ 」
二人は ちょっと憮然としている。
「 そうねえ・・・ う〜ん・・・?
あ ユミコ、 タケシ君 呼んできてくれる?
講師室にいるはず ・・・ 」
マダムは バレエ・ミストレスに入っている先輩に声をかけた。
「 はい。 タケシ先生ですね 〜〜〜 」
「 ええ 時間 あったらちょっとお願いします ってね 」
「 はい。 」
先輩は すぐに中年の男性ダンサーと一緒に戻ってきた。
「 マダム? なにか 」
「 あ〜 タケシ君。 教えの前で悪いだけど
ちょっと手伝ってくれない? 」
「 はい 勿論。 お〜 タクヤ〜 お前 フラン姫と踊るのか〜 」
「 へ えへ ・・・ はあ 」
「 『 白鳥〜 』 かあ ふふん 」
タケシ先生は 二人を見て少し笑った。
「 う〜〜ん ねえ タケシ君。 言ってやって? 」
「 はい。 あ〜 音 いいかな? 」
「 はい いつでも 」
「 ありがとう。 それじゃ お二人さん。
最初のとこ、踊ってみてくれるかな 」
「 「 はい 」」
センタ―に戻り 二人はもう一度、最初から踊り始めた。
タケシ先生 ― とは ベテランの男性ダンサー で このバレエ団では教えやら
芸術監督を主にしているが かつては 回転の○○ とまで
言われた名ダンサーだ。
今でも 『 白鳥〜 』 の ロットバルト や 『 バフチサライの泉 』 の
ギレイ・ハーン などは絶品〜 の定評がある。
〜〜〜♪♪ ♪♪
フランソワーズもタクヤも緊張した面持ちだ。
最初のピルエットで タケシ先生は音を止めた。
「 ああ ちょっと。 タクヤ〜 替わってくれるか 」
「 はあ 」
「 あ〜 フランソワーズ 続けてできる? 」
「 ・・・ あ ハイ 」
「 じゃ。 お願いします えっと ピルエットの前から ね 」
タケシ先生は 腕時計を外しシャツの袖をたくし上げた。
「 はい! お願いシマス 」
ふわ〜〜〜〜 くるくるくるくる ・・・
白鳥姫は まさに鳥の羽根みたいに軽く可憐に回るのだ。
・・・ あ ああ ・・・
かるい わあ 〜〜〜
ああ 本当に羽根が生えたみたい・・・!
「 タクヤ。 ほら 彼女は指一本でいいんだ。 ちょ・・・っと
修正するだけで ほら 何回でも回れる。 」
「 ・・・ すっげ ・・・ 」
「 え〜と ジャンプのリフトのとこ いい? 」
「 はい 」
と〜〜〜〜ん・・・・ !
オデット姫は 宙に浮いた。 本当に 浮いたのだ。
「 フランソワーズ。 ジャンプのタイミングをパートナーに
伝えなくちゃダメだ。
音に合わせるのは当然だけど ほら 一瞬のプリエ で伝えるんだ。
そのために男性はウエストに手を当ててる。
タクヤ それを感じ取って ― タイミングを合わせ リフト!
かる〜〜〜いもんだよ? 腕力なんか全然使わない 」
「 すご〜〜い すごい ・・・ 」
「 ほえ〜〜〜〜 」
現役ダンサーの二人は ひたすら感心している。
「 なんて顔してる? 二人とも・・・
今まで組んだこともあるだろう? 」
「 ・・・ はい ・・・ でもこういうのは 初めてで 」
「 あは? 情緒的な踊りは初めてか 」
タケシ先生は ちょっと笑って ― フランソワーズの手を取り
キレイ〜〜〜に アチチュード・プロムナードをリードした。
「 なあ ・・・
いいかい。 パ・ド・ドウって 人生に似てるんだよ
まあ 若いお前さん達にはまだわかんないだろうけど・・・
お互いが頼るところは頼り リードするところはリードする 」
「「 ・・・・・ 」」
「 ふふふ ようく聞いておきなさいよ 」
マダムとタケシ先生は とてもふか〜〜い眼差しを笑顔で交わし合った。
「 さ。 今のあなた達でいいから。
踊ってみて。 あなた達の パ・ド・ドウ をね 」
「「 はい 」」
「 フランソワーズ さん。 よろしく! 」
「 はい こちらこそ タクヤさん。 」
ぎゅ。 今度は本当に熱くしっかりと 二人は握手した。
― さてさて その晩のこと。
「 ジョー。 ありがと。 わたし 頑張る。 」
「 お? あは さ〜すが 003だなあ 」
「 うふふ ・・・ そうよね〜〜 わたし 003なんだものね
わたしの お仕事をしっかりこなします 」
「 頼もしいなあ〜〜
あ ねえ 一つだけ 聞いていいかな 」
「 ? なあに 」
「 あのう〜〜〜 さ。 きみのそのう ・・・ 笑顔 なんだけど 」
「 笑顔?? 」
「 そ 」
ジョーは かねがね胸の底に秘めていた < どうして > を
ぼそぼそと言った。
「 笑顔が ちがう?? ジョーといる時と? 」
「 ウン。 あのう〜〜〜 ヤツと踊ってる時の 笑顔。
ぼく ・・・ あの笑顔 みせてもらったこと ない・・・ 」
「 って この顔?? 」
にっこ〜〜り。 フランソワーズは花が咲いたみたいに笑った。
「 そ! それ! 」
「 これって ― わたしの 定番笑顔 なんだけど 」
「 ていばん・えがお??? 」
「 そうよ。 いつだって 1 2 3 ! で できる笑顔なの。
ねえ どうして自分の家族に 営業用にっこり をしなくちゃいけないの? 」
「 え。 それって えいぎょうよう にっこり ・・・ なんだ 」
「 うん。 決めておけば楽だもの。
どんなに悲しくても怒ってても この笑顔は 1秒でできるわ 」
「 ・・・ へ え ・・・ 」
「 これはねえ グレートが教えてくれたの。 」
「 どんなに怒ってても か ・・・ 」
「 そうよ わたし達は まあ いわば 笑顔は商売道具だから 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 だ〜からね この商売道具を駆使して。
今度の舞台 ― わたしの仕事、きっちり仕上げます! 」
「 お〜〜 それでこそフランソワーズ・アルヌールさんだ♪
ぼくの ぼくだけのプリマ・バレリーナさんさ 」
「 ・・・ うふふ ・・・ 」
「 えへ ・・・ 」
きゅ。 彼は彼女を引き寄せた。
ぴた。 彼女は彼に寄り添った。
ねえ ジョー。 あなただけよ
わたしの 人生のパ・ド・ドウの相手は。
うん。 ぼくのフランソワーズ。
踊っていただけますか? ― 一生!
*************************** Fin.
*****************************
Last updated : 10.05.2021.
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************* ひと言 ***********
パ・ド・ドウ云々については 若〜〜〜い頃に言われました。
・・・ その当時は なんのこっちゃ? と思ってましたがね
フランちゃんとタクヤ君の グラン・アダージョ 見たいなあ!